企業データとAIエージェントが安全な接続経路で連携するイメージ

生成AIを取り巻く環境が、大きく変わろうとしています。

ChatGPTをはじめとする生成AIが登場した当初、多くの企業が期待したのは、文章作成、要約、翻訳、情報検索といった「人間の仕事を支援するAI」でした。しかし、次に起きようとしている変化は、それよりも大きなものです。

AIは「質問に答えるツール」から、目標を与えれば必要な情報を自ら探し、ツールを使い、複数の処理を組み合わせて仕事を進める「実行するAI」へと進化しつつあります。いわゆるAgentic AI(エージェンティックAI)です。

企業のAI競争力を分けるのは、どのモデルを選ぶかだけではありません。
AIに仕事を任せられる業務と、安全に使える企業データ基盤を設計できるかです。

結論から言えば、AI投資のROIを高めるために必要なのは、単発作業の効率化ではなく、「業務プロセス」「企業データ」「ガバナンスと人材」を一体で再設計することです。本稿では、この視点から経営者と情報システム部門がいま押さえるべき論点を整理します。

本記事のサマリ

  • AIは「答えるツール」から、複数ステップの仕事を実行するAgentic AIへ進化しています。
  • 一つの作業を速めるだけでは、会社全体のROIは伸びません。必要なのは業務フロー全体の再設計です。
  • ROIを高める3原則は、①「AIを使う」から「AIに任せる」へ/②自社データをAI Readyにする/③AIをマネジメントできる人材を増やす。
  • 競争力の源泉は「データ×業務×ガバナンス」。まず一つの業務から実装し、成果を測ります。

生成AIの次に来る「Agentic AI(AIエージェント)」

現在のAI進化は、3つのレイヤーに分けると理解しやすくなります。

Model:高度な知能を提供する基盤

第一は、高度な推論、マルチモーダル処理、長い文脈の理解などを担うAIモデルです。モデルの性能競争は今後も続きますが、多くの企業が同等のモデルを利用できるようになれば、それ自体で長期的な差を生むことは難しくなります。

Agent:目的から複数の作業を実行する力

第二がAgentic AIです。従来の生成AIは「人が質問し、AIが答える」関係が基本でした。Agentic AIでは、人が目的を与えると、AIが必要な作業を組み立て、情報検索、データ取得、APIや業務システムの操作を組み合わせながら複数ステップの仕事を実行します。IBMも、AIエージェントが計画、意思決定、ツール利用、文脈保持、複数ステップの完了を行うものとして説明しています。

Harness:実行を安全に統制する仕組み

第三は、AIを企業内で安定的に動かすための「AIハーネス」という考え方です。これは統一された業界標準の分類名ではなく、ここでは、アクセス権、利用可能なツール、承認、人による確認、監査ログ、実行回数、データアクセス範囲などの統制をまとめて表す実務的な言葉として使います。

原稿内1枚目の画像(「DirectCloudが担うべき役割は~AIへ提供することです。」の直後に挿入)

AIエージェントが強力になるほど、「何ができるか」だけでなく「何をしてよいか」が重要になります。企業のAI活用は、モデル選びでは終わりません。この3層を一つのシステムとして設計する必要があります。

各国のAI戦略が示す、企業データ活用という次の競争軸

AIはすでに、一企業のIT戦略を超え、国家の産業競争力を左右するテーマになっています。各国の政策には違いがありますが、共通しているのは、AIを研究開発だけでなく産業や行政へ実装し、データ、計算資源、人材、ルールを含む基盤を整えようとしている点です。

AI戦略の方向性 企業への示唆
米国 イノベーション、AIインフラ、国際外交・安全保障 AIを前提にソフトウェアと業務を再設計する
中国 「人工知能+」による産業・社会への実装 製造や物流など実産業への組み込みを加速する
韓国 独自基盤モデルとソブリンAIの育成 モデル、データ、産業実装を一体で考える
日本 「信頼できるAI」と社会課題の解決 人手不足や生産性、現場データの課題に向き合う
米国
AI戦略の方向性
イノベーション、AIインフラ、国際外交・安全保障
企業への示唆
AIを前提にソフトウェアと業務を再設計する
中国
AI戦略の方向性
「人工知能+」による産業・社会への実装
企業への示唆
製造や物流など実産業への組み込みを加速する
韓国
AI戦略の方向性
独自基盤モデルとソブリンAIの育成
企業への示唆
モデル、データ、産業実装を一体で考える
日本
AI戦略の方向性
「信頼できるAI」と社会課題の解決
企業への示唆
人手不足や生産性、現場データの課題に向き合う

米国の「America’s AI Action Plan」は、政策をイノベーション、AIインフラ、国際外交・安全保障の3本柱で整理しています。中国は2025年の「人工知能+」政策で、2027年までに次世代スマート端末やAIエージェントなどの普及率を70%超とする目標を示しました。

韓国は「Sovereign AI Foundation Model」プロジェクトを進め、海外モデルの微調整ではなく、国内で設計し事前学習したモデルを重視しています。日本では2025年12月、初の人工知能基本計画が閣議決定され、「信頼できるAI」による日本再起を掲げました。

ここから見えてくるのは、AIモデルの性能だけを競う時代から、AIを企業や社会の実際の業務へどれだけ実装できるかを競う時代へ変わりつつあるということです。評価軸は「導入したか」から、「売上、コスト、スピード、品質をどう変えたか」へ移っていきます。

生成AIに投資しても生産性が上がらない「ROIの壁」

生成AIのアカウントを配り、研修も行った。それでも、会社全体の生産性や利益が期待ほど伸びない。多くの企業がこの壁に直面します。
もちろん、AI自体に生産性向上の効果がないわけではありません。NBERの研究では、5,179人のカスタマーサポート担当者を対象にした分析で、生成AI支援によって1時間当たりの問題解決件数が平均14%増え、経験の浅い担当者ほど効果が大きかったと報告されています。
問題は、その先です。見積書の作成時間を30分から10分に短縮しても、その後に上司の確認、別システムへの入力、社内承認、メール送信、データ転記が残れば、会社全体のリードタイムはそれほど短くなりません。個人の作業時間と、企業全体の成果は同じではないのです。

ROIを測る単位を変える:「文章作成を何分短縮したか」だけでなく、「受注までの日数」「一次解決率」「処理件数」「手戻り率」「粗利」など、業務全体の指標で評価します。

Agentic AIの意味は、文章をAIに書かせることではなく、顧客情報を確認し、必要な社内資料を探し、提案を作り、承認を得て、顧客へ送り、結果を記録するという業務フロー全体をAIと人間で再設計できることにあります。ここまで進んで初めて、AIは個人の便利なツールから、会社の生産性を変える経営基盤になります。

AI投資のROIを高める3原則|業務・データ・人材をどう再設計するか

私が重要だと考えるのは、「AIを導入すること」よりも、AIが働ける会社へ変えることです。大規模な全社刷新から始める必要はありません。価値が測りやすい一つの業務を選び、次の3原則を小さく実装します。

  • ① 「AIを使う」から「AIに任せる」へ

    営業、サポート、契約管理、経理、システム運用などから一つの業務を選び、開始から完了までを分解します。AIが実行する部分、人が判断する部分、例外時に停止する条件を明確にします。

  • ② 自社データをAI Readyにする

    最新版、所有者、保存場所、アクセス権、保持期間を整理します。ファイルサーバー、NAS、クラウド、個人PC、SaaSに情報が分散したままでは、どれほど高性能なAIでも企業固有の仕事を正確には行えません。

  • ③ AIをマネジメントできる人材を増やす

    AIへ目標を与え、利用データと権限を設計し、出力と行動を評価し、必要に応じて人へ判断を戻せる「AIマネージャー」を育てます。AIと人を組み合わせて成果を出す力が次の人材戦略です。

原則1を実装する:任せる業務をどう選ぶか

最初に選ぶ業務は、次の条件を満たすものが適しています。

  • 発生頻度が高い:改善効果が積み上がり、成果を早く確認できる
  • 手順を言葉で説明できる:AIへ渡す指示と判断基準を定義できる
  • 成果を数字で測れる:日数、件数、率などで前後を比較できる
  • 誤っても取り返しがつく:人が確認する工程を挟めば損失を抑えられる

よくある失敗は、全社一斉に生成AIを配布し、活用は現場に任せてしまうことです。それでは各自の作業が少し速くなるだけで、業務フローそのものは変わりません。「誰が使うか」ではなく「どの業務を、どこまで任せるか」を決めることが、経営の意思決定になります。

原則2を実装する:AI Readyなデータ基盤とAIセキュリティ

AI Readyとは、単にデータを一か所に集めることではありません。AIが参照したときに、正しい版が返り、見せてはいけない情報が返らず、参照した記録が残る状態を指します。社内文書のAI検索や企業向けRAG、MCPサーバーを通じたAIエージェントとのデータ連携も、この土台があって初めて業務で使えるものになります。
ここで見落とされやすいのが、AIセキュリティの視点です。人に対して設定してきたアクセス権は、AIが読み取る経路にも同じように適用されなければなりません。同じ質問でも、誰の権限で実行されたかによって参照してよい情報は変わります。権限とデータの管理は、AI活用の制約ではなく前提条件です。

原則3を実装する:AI人材(AIマネージャー)に何を渡すか

求められるのは、モデルの内部構造に詳しい技術者だけではありません。自分の担当業務を工程に分解でき、どこをAIに任せ、どこで人が確認するかを判断できる人材です。多くの場合、その適任者は現場の業務を最もよく知っている人です。
そのため、AI人材の育成は研修だけでは完結しません。任せる業務を決める権限と、結果を評価する指標をセットで渡すことが、実質的な育成になります。
株式会社ダイレクトクラウドが2026年3月、情報システム関連部署の会社員956名を対象に実施した調査では、54.7%が生成AIを業務で活用していました。また、クラウドストレージがMCP(Model Context Protocol)に対応した場合、42.2%が導入に前向きと回答しています。企業の関心が「生成AIを使うこと」から「自社データと安全につなぐこと」へ移りつつあることがうかがえます。

AI時代に企業価値を決めるのは「データ×業務×ガバナンス」

これからAIモデルはさらに高性能になり、価格も下がり、多くの企業が同じ能力を利用できるようになるでしょう。そのとき企業間で差が生まれるのは、自社固有のデータ、業務プロセス、そしてAIを安全に動かすガバナンスです。
AI時代に重要なのは、「どのAIを導入するか」という問いだけではありません。

AIに、どの仕事を、どのデータを使わせ、どこまで任せるのか

経営者が考えるべき問いはこちらへ変わっています。AIを便利なツールとして追加する段階から、AIを一つの戦力として組織へ組み込み、企業そのものを再設計する段階へ。その準備を始めた企業と、従来の業務にAIを足すだけの企業では、数年後の生産性と競争力に大きな差が生まれると私は考えています。

株式会社ダイレクトクラウド
代表取締役 安 貞善

AI投資のROIに関するよくある質問

  • 3原則は、どこから始めればよいですか。
  • 全社一斉の刷新ではなく、価値が測りやすい一つの業務から始めます。手順が明文化でき、発生頻度が高く、成果を数値で測れる業務が適しています。原則1で業務を分解し、原則2でその業務が使うデータだけを先にAI Readyな状態へ整え、原則3で運用を担う人材を決める、という順序が現実的です。
  • 「AI Ready」なデータとは、具体的にどのような状態ですか。
  • どれが最新版かが一意に決まり、所有者と保存場所が明確で、アクセス権と保持期間が管理され、AIから参照した記録が監査ログとして残る状態を指します。ファイルサーバー、NAS、クラウド、個人PC、SaaSに情報が分散したままでは、どれほど高性能なAIでも企業固有の仕事を正確には行えません。
  • AI投資のROIは、どの指標で測ればよいですか。
  • 「文章作成を何分短縮したか」という個人の作業時間ではなく、業務全体の指標で評価します。受注までの日数、一次解決率、処理件数、手戻り率、粗利などが該当します。個人の作業時間の短縮と、企業全体の成果は同じではありません。
  • RAGやMCPは、経営としてどう位置づければよいですか。
  • RAGやMCPは、それ自体が目的ではなく、企業データをAIへ安全につなぐための接続技術です。経営が意思決定すべきなのは、どの業務を任せ、どのデータを、誰の権限で使わせるかという設計であり、その設計を実現する手段としてRAGやMCPを選びます。
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