生成AIの普及によって、企業におけるAI活用は新しい段階に入りました。
文章作成、要約、翻訳、情報検索といった用途では、ChatGPTをはじめとする汎用AIがすでに多くの業務で生産性向上に貢献しています。
一方で、企業がAIに求めるものは「便利なアシスタント」から、「実際の業務を理解し、仕事を支援する仕組み」へ変わり始めています。社内データのAI活用が現実の経営課題になり、その流れの先にあるのが、Vertical AI(バーティカルAI/業界特化型AI)です。
私は今後、企業AIの競争軸が「どのAIモデルを使うか」から、
「企業が持つデータを、どれだけ安全かつ正確にAIへつなげられるか」へ
移っていくと考えています。
AIモデルは進化し、数年後には現在とは異なるモデルが主流になっているかもしれません。しかし、企業が長年蓄積してきた契約書、設計情報、品質記録、顧客対応履歴、社内規程、意思決定の記録は、その企業にしかない資産です。その多くは、検索も分類もされないまま眠っている非構造化データです。
Vertical AIの競争力を生み出す源泉は、ここにあります。
本記事のサマリ
-
企業AIの競争軸は、AIモデルの性能から企業データをAIへ安全につなぐ力へ移りつつある
-
Vertical AIに必要なのは業界知識だけではなく、業界ごとのデータ管理ルールをAIの利用方法へ反映する仕組み
-
AIの回答精度と安全性を左右するのはAIデータ基盤の状態。DirectCloudはその先にある「AIデータインフラ」を目指す
Vertical AIは「業界を知っているAI」だけではない
Vertical AIは、製造、金融、医療、建設、法律など、特定の産業や業務に特化したAIを指します。
汎用AIが幅広い公開情報や一般知識を扱うのに対し、Vertical AIでは、その業界固有の専門知識に加え、企業独自のデータ、規程、業務ルール、承認プロセスなどを組み合わせて利用します。
Menlo Venturesが2025年に公表した調査では、企業の生成AI関連支出は370億ドルまで拡大し、そのうちVertical AIは35億ドルでした。2024年の12億ドルから約3倍の規模です。
これはMenlo Venturesによる市場推計であり、公的統計ではありませんが、AIの価値が汎用的なチャットから、より具体的な業務へ移りつつあることを示す一つの材料になります。
ただし、Vertical AIを単に「業界知識を追加したAI」と考えると、本質を見誤ります。
企業の仕事では、同じ質問であっても、誰が質問するかによって参照してよい情報が変わります。営業担当者が閲覧できる契約書と、法務部門が閲覧できる契約書は同じとは限りません。同じ製品についても、取引先に公開できる設計情報と、社内だけで扱う技術情報があります。
AIが業務の中に入るほど、回答精度だけではなく、どのデータに、誰が、どの権限でアクセスできるのかが問われます。
業界が変われば、AIに必要な企業データと管理も変わる
Vertical AIが必要とするデータは、業界によって大きく異なります。
| 業界 | AIが利用する主な企業データ | 想定される活用 | データ管理で重視する点 |
| 製造 | 設計資料、作業標準、品質記録、不具合履歴 | 類似不具合検索、作業確認、品質業務支援 | 世代管理、機密管理、部門別権限 |
| 建設 | 図面、仕様書、工程表、現場写真、検査記録 | 最新図面確認、類似案件検索、現場問い合わせ | 最新版管理、案件別権限、社外共有 |
| 金融・保険 | 約款、社内規程、審査基準、対応履歴 | 規程検索、担当者支援、問い合わせ対応 | 根拠提示、アクセス管理、監査ログ |
| 医療 | 院内規程、文書、各種記録 | 文書検索、ナレッジ共有、業務支援 | 情報分離、権限管理、利用記録 |
| 製造 |
| AIが利用する主な企業データ |
| 設計資料、作業標準、品質記録、不具合履歴 |
| 想定される活用 |
| 類似不具合検索、作業確認、品質業務支援 |
| データ管理で重視する点 |
| 世代管理、機密管理、部門別権限 |
| 建設 |
| AIが利用する主な企業データ |
| 図面、仕様書、工程表、現場写真、検査記録 |
| 想定される活用 |
| 最新図面確認、類似案件検索、現場問い合わせ |
| データ管理で重視する点 |
| 最新版管理、案件別権限、社外共有 |
| 金融・保険 |
| AIが利用する主な企業データ |
| 約款、社内規程、審査基準、対応履歴 |
| 想定される活用 |
| 規程検索、担当者支援、問い合わせ対応 |
| データ管理で重視する点 |
| 根拠提示、アクセス管理、監査ログ |
| 医療 |
| AIが利用する主な企業データ |
| 院内規程、文書、各種記録 |
| 想定される活用 |
| 文書検索、ナレッジ共有、業務支援 |
| データ管理で重視する点 |
| 情報分離、権限管理、利用記録 |
例えば製造業では、不具合が発生した際に、AIが過去の品質記録、作業標準、設計変更履歴から類似事例を探せれば、調査業務を支援できます。
しかし、AIがすべての設計情報を無条件で参照できる状態が望ましいわけではありません。所属部門、製品、プロジェクト、取引先との契約などによって、閲覧できる範囲を制御する必要があります。
建設業では、「最新版」がさらに大きな意味を持ちます。AIの検索精度が高くても、古い図面や更新前の仕様書を参照すれば、回答そのものが業務上使えなくなるためです。
金融や保険では、回答だけでなく「何を根拠にその回答を出したのか」を確認できることが求められます。
このように、Vertical AIには業界知識だけでなく、業界ごとのデータ管理ルールをAIの利用方法へ反映する仕組みが必要です。
AIの精度は、企業データの状態に左右される
生成AIを導入すれば、社内の情報活用が自動的に進むわけではありません。
企業には、ファイルサーバー、NAS、クラウドストレージ、SaaS、個人PCなどに大量の情報が存在します。同じ内容のファイルが複数保存され、どれが最新版なのか分からない場合もあります。アクセス権限が長期間見直されていないケースもあります。
AIは、与えられたデータを前提に回答します。したがって、古い情報、誤った情報、重複した情報をAIへ渡せば、生成される回答にもその影響が及びます。
RAGによって企業内文書を検索できるようにしても、検索対象となるデータ自体の管理が不十分であれば問題は残ります。
AIの精度を上げる取り組みは、モデルを選び直すことよりも、AIに渡すデータを整えることに近いといえます。その整えるべき到達点を一言で表す言葉が「AI Ready」です。
「AI Ready」なデータとは、どのような状態か
AI Readyとは、AIが迷わず参照できるところまで企業データが整理され、管理されている状態を指します。AI時代のデータガバナンスでは、少なくとも次の状態を把握する必要があります。
- ●誰がデータの管理責任を持っているか
- ●どのデータを正本として扱うか
- ●最新版はどれか
- ●誰が閲覧、編集、共有できるか
- ●社外へ共有してよい情報か
- ●AIによる利用を許可するか
- ●どの期間保存するか
- ●誰がいつ更新したか
- ●AIがどの資料を根拠として回答したか
AIデータガバナンスは、AI導入前の単なる整理作業ではありません。AIを業務で信頼して使うための仕組みです。
AIが社員の代理人になるほど、AIセキュリティと権限管理が重要になる
AIが情報検索だけを行っていた段階では、セキュリティ上の論点も比較的限定されていました。
しかしAIアシスタントやAIエージェントが、ファイルを検索し、内容を読み、共有リンクを作り、他のシステムと連携するようになると状況は変わります。AIは次第に利用者の「代理人」として動くようになります。
このとき、利用者本人には閲覧できないファイルをAIだけが検索できてしまえば、既存のアクセス制御を迂回することになります。
AIに与える権限は、利用者本人の権限を超えない。
本人認証、多要素認証、ファイルやフォルダのアクセス制御、操作履歴の記録、外部AIへのデータ送信制御など、従来の情報漏洩対策として企業ITで使われてきたセキュリティ技術は、AI時代にも必要です。
そこへAI特有のリスク管理を組み合わせます。NISTもAI Risk Management Frameworkおよび生成AI向けProfileを公開し、AIシステムについて安全性、セキュリティ、説明可能性、プライバシー、透明性などを含めたリスク管理の枠組みを示しています。
AIセキュリティとは、AIの利用を禁止することではありません。AIに「何をさせてよいか」を企業側が定義し、その範囲で安全に利用できる環境を作ることです。
AIモデルより企業データが長期的な資産になる
企業がAI戦略を考える際、最新モデルの性能比較に関心が集まりがちです。しかしモデルの優劣だけを追い続ける戦略には限界があります。
AIモデルは継続的に更新されます。企業側が特定のモデルにすべてを依存すれば、より優れたモデルが登場するたびにシステムや業務を作り直すことになりかねません。
一方、顧客とのやり取り、技術文書、製品情報、過去のプロジェクト、社内規程、営業資料には、その企業が積み重ねてきた知識が含まれています。
この資産を特定のAIモデルに閉じ込めず、必要に応じて複数のAIから安全に利用できる状態にしておく。私は、この設計が企業AIの長期的な競争力につながると考えています。
DirectCloudが目指すAI Data Infrastructure
DirectCloudはこれまで、法人向けクラウドストレージとして、企業ファイルの保管、共有、アクセス制御、承認、ログ管理、データガバナンスを支援してきました。
AI時代には、この蓄積をさらに発展させる必要があります。
DirectCloud AIでは、RAGやWeb検索などを通じて社内データのAI活用を実現する仕組みを提供し、AIアシスタントやMCPサーバーなど、AIや外部サービスと企業データをつなぐ機能についても、公開状況に応じて開発・拡張を進めています。
私たちが目指しているのは、すべての産業向けVertical AIをDirectCloud自身で開発することではありません。
製造、建設、金融、医療、教育をはじめ、それぞれの産業では、その業界を深く理解したVertical AIが今後数多く登場するでしょう。
DirectCloudが担うべき役割は、そのAIが必要とする企業データを安全に蓄積し、整理し、検索できる状態にしたうえで、利用者の権限を守りながらAIへ提供することです。
企業データを一元的に管理し、必要な人が必要な情報だけを利用できるようにする。そのデータを企業向けRAGやMCPサーバーなどを通じてAIにつなぎ、利用履歴を確認できる状態にする。そしてAIモデルが変わっても、企業データという資産を継続して利用できるようにする。
これがAIデータ基盤に求められる役割であり、その先にある「AIデータインフラ」という市場を、私たちは作っていきたいと考えています。
Vertical AIの出発点は企業データにある
生成AIの進化はこれからも続きます。モデルの性能も上がり、AIエージェントによって自動化できる業務範囲も拡大していくでしょう。
しかし企業AIの価値は、モデルの性能だけでは決まりません。実際に問われるのは、次の5点です。
- ●どの業務をAIで変えるのか
- ●その業務には、どの企業データが必要なのか
- ●そのデータは正しく管理されているか
- ●誰に利用を許可するのか
- ●AIがその情報を利用したことを確認できるか
これらの設計が整って初めて、AIを企業の実務へ組み込めます。
汎用AIによって個人の生産性を高める段階から、企業データをAIにつなぐ段階へ。そして、その企業固有のデータ、業務プロセス、専門知識を組み合わせたVertical AIへ。
これからの企業AIは、この方向へ進んでいくと私は考えています。
AI時代の主役は、AIモデルだけではありません。
企業が長年蓄積してきたデータを、安全な知識資産へ変えられるか。
そこに次の競争が始まっています。
株式会社ダイレクトクラウド
代表取締役 安 貞善

